和合亮一 詩の礫「Ladder」
2020年03月30日
和合亮一さんが“詩の礫「Ladder」”と題し、新型コロナウイルス感染拡大の現状を踏まえ、3月28日にツイッター(@wago2828)にて、連続ツイートの形で詩を発表されました。こちらに全編を掲載し、ご紹介いたします。
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詩の礫「Ladder」全編
残酷な春の雨に 打たれながら さっき無人の通りを 歩いてきたところです 誰もいない道ばた 誰もいないファミリーレストラン 誰もいない自動販売機 誰もいない大きいサイズの服の店 誰もいない駅 それを眺めて 濡れたまま 家に戻った 何かを書き始めたいけど 花粉が目の中を泳いでる
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誰もいない街 誰もいない駅 震災9年 あの日と似ている だけど 今日のことである 小さな白いネコが 鳴いた ミヤア 抱きあげると分かった 雨に打たれている 静かな心だった
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木が風に揺れて 花が芽吹く 雲を見あげていると はるかかなた 列車の走る音がする 春の息吹よ 見ることのできない ウィルスの影そのものに どうか 終息という息を あたえておくれ
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朝から風がずっと 家の窓を叩く その音を耳にしながら とても小さな 見えない何かについて 世界中の人々と共に 耐えること 戦うこと 祈ること その意味を考える 沈黙しながら 窓を叩く音 その音そのものになろう
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春の風の中で 無念にも逝ってしまった人を やり場のない 世界中の家族の人々の悲しみを想います 福島では朝から雲の動きが早くて いつもの様に写真を撮ろうとして 手が震えてしまった その間にも 駆けていく命があった 降ってくる光があった 黙礼
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マスクは わたしたちを覆い隠している 声があげられなくなる 何が わたしたちを隠そうとして 何を わたしたちは隠そうとして そして春は 何を 隠して かけ直そうとして 沈黙を強いているのか 終息を祈ります
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マスクをかけたまま 昨日が 西の空へと 消えていき マスクをかけたまま 東の空から 現れるものがある 自粛 沈黙
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「自粛」「春の模様替え」「買占め」「医療崩壊」「タケノコ出荷」「感染者増大」「春の新色」矢の様に情報が飛び込んでくるのは 手元のスマホを指で 痙攣するように いじり続けている からなのかもしれない 沈黙
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沈黙がけたたましく沈黙を叱りつけているような春だ どうすればいいかを 語り合うべきだ 静けさのなかで心に火を灯すようにして
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売り切れてしまったマスクの棚に春風が舞い込むことってあるのか 沈黙
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山鳩が鳴いていた気がする 桜が咲き始めている マスクがずれてしまっている
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吹くことを忘れてしまった 風たちが 今夜も 僕の部屋に集まってきて ただじっと黙っている 駄目だろう 笑い飛ばすと ギシッ 風車の軋む音が 聞こえて チューリップ畑が 歩いてきて 見あげると 乱暴に 春になっていて
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奥歯の軋む春だ かみ合わせの悪さを抱えたままの横顔が沈んでいったと思えば 一粒の涙が降ってくるような ほほを膨らませている空だ
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光を浴びる マスクをかけ直して 誰もいない駅で 列車を見つめていると 風が 遅れてしまったままで その後ろから 追いかけてくるのが分かる 急いで乗りたいのに その春風より 少し早めに
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手を洗うしかない いろいろな汚れや菌を落として 泡のなかへと 消していくしかない 流していくしかない 影よ 流れていくしかない 消えていくしかない 泡のそとへと 手を洗われたままで 沈黙して 絶対の静寂へ
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「忘れないために」とは 忘れることのできる人のための言葉です そう語った女性の眼の中の炎が 歳月が過ぎて 春の風の強い夜に 自分に静かに 語りかけてくれる 家族を津波で失ったことは 私という記憶そのものです と
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マスク 手洗い 外出の自粛 見えないものの影におびえていた暮らしが 9年のうちに よみがえっている 「100年に1度のことだ」 そう説いている ある一国の首相の演説が 風が吹くなかに 聴こえてきた気がした 水を打ったような世界の沈黙も
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ガソリンがどうしても欲しくて 車の列に並んだ メーターは底をついていた 雨の中を1時間も待ったが 人の気配がなかった 思い切って降りてみると 無人の車が並んでいた 9年前の3月のこと 人のいない長い一列が 今もどこかで 続いている気がして 沈黙する 黙礼する
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海の底にある ペットボトルには いろんなものが詰まっています 誰か見つけて 拾いあげて それをすべて 吐き出させて欲しいのです 空っぽにして欲しいのです 小さな貝殻も一緒に その塩辛い水の名前は 「孤独」
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ウィルスと花粉 悲しみと孤独 優しさと言葉 裏切りといたわり 暴力と慈愛 どれを拒絶して どれを拾って どれを無視して どれを守って 生きていけばいいのか マスクをかけ直して しっかりと そのなかで息をして
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使用済みマスクがふと捨てられているのを見つけて生き物が眠っている気がして静かに沈黙してしまう私が悲しい
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僕はマスクを外して声をあげたいのに 誰に どこへ
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たくさんの使用済みのマスクが袋に入って捨てられていた記憶。避難しないことを決めて残った人々へ。まず外出は控えること。止むなくの場合は帰宅の際に家へ入る前に服を全部脱いでしまうこと。ゴミ袋に入れて捨てるか燃やすかにすること。すぐにシャワーを浴びて流すこと。イヤ、水は出なかった。
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震災9年。あの日。10日も水が出なかった。風呂に入りたかった。汚れた自分を着ている自分をとにかく脱ぎたかった。「垢では人間は死にませんよ」というユニークなある人のアドバイスに励まされたことを覚えている。あれからまだ、ずっと着ているままなのだろうか。脱ぐことは出来ただろうか。
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震災9年。あの日。雨の日のガソリンスタンドに車の長蛇の列を見つけた。ワンメーターしか残っていない車で並んだ。一時間ほど雨に打たれて気づいた。人の気配がない。表に出てみるとみな車を置いたままにして誰もいなくなっていた。無人の光景。恐ろしくてそして真面目に並んだ自分を笑いたくなった。
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静けさに強くなること 静かに強くなること 終息を祈ること
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孤独になること そうして 孤独にならないこと 決して一人にはならずに そうして 一人になる努力をすること 分かち合うこと 一人ひとりで
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スマホのアプリに 耳を澄ませて 川のせせらぎや 鳥のさえずりや 風の音を流して 気分をかえて 列車が過ぎる気配や 都会の雑踏を聞いて そして しばらくしたら たき火を楽しんでいます 音だけの世界で暮らしながら 立ち入り禁止の春を 想っています
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涙を静かにぬぐって あなたのその頬がかわいた頃に 新しい涙を探さずに ふと耳を澄ますといい 当たり前の日々が吹かれているんだ だから風よ この星を統べるだけの力があるのなら息を与えて欲しい 「終息」という息を
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無人の駅があります 無人の街があります 無人の交差点があります 無人よ いったい何がしたいのか どこへ行きたいのか マスクをかけ直して うつむいて 無人の雑踏があります
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残酷な春の雨と風が止まない 激しい静けさを育てていきたい
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私たちはそれぞれが一個の地球だ