和合亮一 “詩の礫「Ladder」(続続)”
2020年04月21日
和合亮一さんが、新型コロナウイルス感染拡大の現状を踏まえ、ツイッター(@wago2828)で発表されている“詩の礫「Ladder」”。4月12日に「続続」が発表されました。全編をご紹介いたします。
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詩の礫「Ladder」続続
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窓を叩く、窓を叩く、ミエザル猫の影、背を撫でよう、噛みつかれないように。猫の吐息。
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東風、花風、春疾風、油風。風に名前をつけよう、風に。そしてその名を呼び、祈るのだ。風向きがどうか、変わりますように。
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あるものを、精一杯に咲かせようとして、花と木は、力を震わせて、立っていた、色めいていた、少しでも、人々の心を、桃色に染めて欲しいのに、散るために、桜が風に揺れているように、見えてしまって、鷹の鳴き声。
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ある編集者からメールが届く。「恐れ入りますが、東京はもはや物流が心配なので、ゲラの返送は写像データで先に送ってもらえますか」と。別の編集者からは「恐れ入りますが、来月号は休刊します」と。こちらこそ恐れ入ります。
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窓を叩く、窓を叩く、ミエザル猫の影、背を撫でよう、噛みつかれないように。
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「国内では11日、新たに715人の新型コロナウイルス感染が確認され、1日に確認された感染者数の最多を4日連続で更新、初めて700人を超えた」。沈黙そのものが話しかけてくる、春の風は息を潜めたまま、優しい顔をしない。「新型、米国の死者が世界最多に」。
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「感染した人には何の罪もない。不当な差別やいじめなどがあってはならない」。「「路頭に迷う」ネットカフェ難民 休業が都内4千人直撃」。4月という残酷な季節に朝嵐。
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「中目黒」「新宿」「中野」「新橋」「九段下」「八王子」「立川」「水道橋」。花粉が急いでいる。風の名前を考えあぐねている無人の影。花嵐。風光る。鳥風。
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新しいネクタイを、締めると、新しい気持ちが、雲のように、わきあがる、使い古したネクタイは、どうすればいいだろう、昨日までの雲を、かけるようにして、ネクタイを、ハンガーに、ぶら下げて。外出禁止。
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東風、花嵐、春疾風、油風、谷風、恵風、回風。無人が風の名前を考えあぐねて、怒りつづけている、春の雲の影を追って、だから思いつかないのさ、まずは頭を冷やすがいい。
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言えないことと、言いたいことと、言いたいけれど、言えないことと、言いたいけれど、言わないことと、言わないけれど、言いたいことを、花粉が運んでいく、木の芽風。
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悲しみと不安を、少しでも、分かりたいと想うのだけれど、上手く、それを伝えられない、想いだけが残っている、フィラメントが切れたので、ソケットから外した、久しぶりに、心の中の電球に触った。油風。
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イヤホンから少し、音楽がこぼれている、隣の席からも、向かいに座る人からも、それぞれの秘密の音楽が混ざり合う、とてもまばらな人影、早い朝の電車、春が急いでいる夢を見た。
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空からたくさんの、春の色彩が、降ってきています、わたしとあなたの心の色、白い画用紙を前にして、どのクレヨンにしようか、わたしたちの記憶の中の小さな指が、あれこれと触って、忙しそうです、明日がめぐってくるから。
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孤独だからこそ、手をつなぎませんか、だからこそ手をにぎりませんか、だからこそ、空をみあげませんか、春だけが急いでいます、わたしたちはまだ、靴のひもを結んだばかりなのに。
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大きな見出しばかりに見とれて、大きな声に耳を奪われていると、小さな見出しを探したり、小さな声に耳を傾けることを、忘れてしまいがちになります。気づいてください。私たちの毎日は、小さな見出しなのです、小さな声なのです。
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あの日から、変わったことと、変わらないこと、若葉が眼に染みるのなら、それはきみの怒りが、青々とした空を、映しているからだ。
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こころにきしみがあるのなら ことばのきしみをわかちあって
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帰宅しても私は、私を着ているままなのです、どうすれば、脱げるのだろうか。貝寄風。
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なにかを受け止めきれないまま、背中を押されているまま、毎日急いで、言葉に出来ないこと、まるで当たり前のこと、だけどなにか違う、本当は良く分かってて、言葉にならない、夕暮れの寂しさを、流れていく涙を。風に新しい名前をつけたいのにさ。
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ぼくたちの孤独は、どこにあるのか。言葉にしたくとも出来ない、昨日から明日への改札口にだろうか。ぼくたちの優しさはどこにあるのだろうか、駅前に倒れたままの自転車にだろうか。タクシーに乗って、ぼくたちの悲しみはどこまで行くのだろうか。それをぼくたちは見送るしかないのか。
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さびしさは、交わした言葉のなかに、捨てられた新聞のなかに、人が行きかう雑踏のなかに、ふと口ずさむ鼻歌のなかに、いつかふりあげた拳のなかに、見あげた新しいビルの窓に、枝の先のつぼみのなかに。ぼくたちはほんとうは鳥、ほんとうは雲、ほんとうは雨、ほんとうは宇宙、ほんとうは落とし物の切符。
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さびしい気持ちが、幼い子どもの姿をして、僕をみあげて、抱っこしてって言っているみたい、こっちにおいで、そう伝える前に、消えていく小さな影と春の一日。たった一人で、考え続けています、どうして私は、いつもたった一人なのかを、たった一人で。
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あなたの涙が、私に教えてくれたこと。人は弱い、人は悲しい、人は切ない。人は人を想う、人は人を愛する、人は人に涙する。あなたも、私も、共に、生きている。そのような、孤独がある。春疾風。
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あなたの心が、雨に打たれています、傘にいれてあげなくて、いいのですか。一粒、一粒に、濡れてしまう、かけがえのない、一つ、一つが、だから、傘を開いて。
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あなたの本当の想いを、知りたいと思って、小さな雨にただ降られて、そっと止んで、ふと気づく、傘を置き忘れたことに、店の席だったか、電車の中だったか、あなたとわたしの心のどこかへ、忘れてしまったことに。
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静かに、まぶたを閉じる、懐かしい、昨日があって、慌てて目を開いて、季節だけが過ぎて、ずっと、まばたきをして。春色の貨物列車が過ぎて。
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風、風、風、風、風。無人が風の名を考えあぐねて、怒りつづける。強東風、手風、天狗風、天風、東風、通り風、時つ風、都市風、疾風、軟風、野風、野分の南風、葉風。
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舞い風「 」松風「 」魔風「 」矢風「 」「 」雄風、卓越風。無人が風の名を考えあぐねて、怒りつづけている。
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風。風風。息。風。息。息。息。風。小さい何かが息している。終息せよ。風息風風息風息風息息風息風風息風息風息息風息風風息風息風息息風息風風息風息風息息風息風風息風息風息息風息風風息風息風息息風息風風息風息風息息風息風風息風息風息息、風向きよ変われ、終息せよ。
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風の名を考えあぐね、怒りつづける無人の影、春を返せ。
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静まれ、静まれ。春の雲の影を心の中で追って、まずは頭を冷やすがいい。
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窓を叩く、窓を叩く、ミエザル猫の影、背を撫でよう、噛みつかれないように。マスクがずれてしまった、山鳩の影、鷹の鳴き声。
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甘えてくる、すり寄って来る、背を撫でる。牙を剥く影、敏捷なる影、獰猛なる影。ミエザル猫の影。人類は一匹の大いなる猫を抱えてしまった。静かに向き合うしかない。地球の思惟と。
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決して親しみを忘れてはならない。大地、光、風、雲、水、人、猫。共に生きる。花粉が急いでいる。風の名前を考えあぐねている無人の影。花嵐。風光る。鳥風。地球の思惟よ、どうか終息を。
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風が吹くのを待つのではない、こちらから吹かせるのだ。